がん治療 休職日記 毎日日曜日

がん治療で休職しました。休職後の生活の変化とがん治療、抗がん剤の副作用について書いています

がん治療 休職日記 毎日日曜日 息子の成長

 がんが見つかってから三年半が経ちます。休職は今回の再再発で取得する事にしました。

 

 初めてがんが見つかり、手術や投薬治療が始まった時、息子は中学一年。初秋の頃でした。中学受験をし、23区内の私学に通う息子はやっと学校に慣れてきて、少しづつ友人もでき安定していた時だったと思います。父親の思いもかけない病に息子なりに心配したのでしょう。

 「お父さん、僕、学校辞めなきゃだめ?」そう聞かれました。学費を心配しての質問です。自分の境遇が大きく変わるのではと心配していたのかも知れません。私は「何も心配要らない、今のままだ」と答えました。安心しんたかもはっきりと分からない表情で、その話を聞いていた息子の様子は子供心に何か引っかかるものもあったかと思います。ただ、私にはその心情を理解できるほど今の時代の中学生の心理は分かりませんでした。

 

 息子が小学生の頃、私は学業と生き方についていつも話していた事がありました。基礎学力の獲得と、それが無いと立派なサラリーマンになれないぞという内容です。生きて行く為に必要な理論の習得が大事と思っていたのでした。当時息子も型にはまった様な勉強の仕方をしていたと記憶しています。

 その内容を180度変える時がきます。中学入ってすぐ、私は息子に詫びます。「申し訳なかった、今までと違う事を言う」「今までは雇われの身になる事前提に色々と話をしてきたが、忘れて欲しい」と。がんが見つかり、治療で過ごす時間ができ、その合間に見聞きした今の世の若い世代の生き方の変化に無頓着過ぎて、時代錯誤に気づいたのです。

 

 時間が自由、場所が自由(どこででも働けるし居住は日本でなくても良い)、スケジュールが自由(明日旅行に行きたいと思い立ったら行けるとか)、そうした人生のカテゴリーに自由があることが大事で、そうした人生を送れるなら、その方が豊かであり成功であるとする若者が台頭してきていました。ノマドという言い方もそうした時知ります。収入は暮らせれば良いのでしょ、また大きく収入があればその資金力で多くの同じこと考える人にリターンしてなるべく沢山の人々が豊かな暮らしをできたら良いのでは、という価値観が根底にありました。若いのにそうした広がりを求めるとは凄いなぁと感心しきりです。主力はネットビジネス関連の人達だったがと思います。

 

 それで中学生になったばかりの息子に急に伝え出したのです。「勤め人にはなるな」「スキルで働け、スキルを身につけろ」「世を成り立たせている原理を学び、好きな場所で自由に時間を使って生きろ」「住むところも自由で、ここでなくてはオフィスに行けないというような窮屈さから解放されろ」「もし成功したら多くの人のノウハウを伝えて仲間を増やせ」と。

 その時の息子の反応はこうでした。「何、急に言ってることが真逆なんだよ、おかしいだろ」です。

 

 その息子が、今回三年半の闘病の末の休職をする旨伝えた時に私にこう言ったのです。

 「お父さん!?、お母さんは専業主婦で、僕学生だから、この家誰も働かないよね、ニート家族だね」「これから時間できるんだから、休職日記でブログでも書いたら、暇なんでしょ」です。

 息子の成長を感じた瞬間でした。皮肉と提案を父親に発したのです。自分の心配が先にたった三年半前と大きく異なっています。同時に指導方針を変更して良かったと思いました。自分なりにこの家の有り様を考え、家がどうなっても生きていく自信のような物を多様なりとも携えたのではと。そして、息子の次のステージは私の影響からの卒業です。

 息子の成長を期待する私は思います、私の残すこの文面が息子の昔を思い出す記念碑となるでしょうか。